一生懸命に努力して生きてきました。
でも本当は、努力せざるを得なかった、
一生懸命させられた、ということ。
転職を強いられ、
就職できたものの、
希望の部署には採用されず、
それでも努力して、希望の部署に移れたのも束の間、
絶対に自分では希望しないであろう営業職に異動させられ、
そこでもやはり一生懸命努力して、
さらにまた違う現場に異動させられ・・・。
サラリーマンだから仕方ないし、
イヤなら辞めるしかない。
でも、辞める意気地もないし、
だから、あてがわれた場所で、
一生懸命努力せざるを得なかった。
そんな精神状態で、突然始めた山歩き。
もう7年。
ひとり、歩きながらいつも思う。
険しい斜面をよじ登ったり、
思い荷物を担いでひたすら歩いたり、
足がつったり、関節が痛んだり、
そんな状態で、なぜ歩いてるんだろう?
最近やっと、明確な答えが出ました。
受動的な人生において、
山歩きは絶対的に能動的だから。
常に自ら、判断する。
道を選び、装備を選び、
コンディションを確認し、
進む。
無理矢理一生懸命努力している、のではなく、
自ら選んで一生懸命努力する。
それが本当に心地いいのです。
それを実感できるので、
やめられないのです。